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カテゴリ:exhibition

  • アイ・ウェイウェイ展—何に因って? @ 森美術館
    [ 2009-09-23 21:57 ]
  • Stitch by Stitch @ 東京都庭園美術館
    [ 2009-09-05 23:09 ]
  • 国宝 阿修羅展 @ 東京国立博物館
    [ 2009-04-25 22:54 ]
  • 隠れ家のような博物館
    [ 2008-05-06 23:22 ]
  • 『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』と『知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ展』
    [ 2008-05-03 23:04 ]
  • 『POST切手』展
    [ 2008-01-14 17:37 ]
  • 『文学の触覚』展
    [ 2008-01-06 23:08 ]

『マッピー』用ボーダー

アイ・ウェイウェイ展—何に因って? @ 森美術館

シルバーウィークは引きこもる予定だったけど限界。
精神衛生上よくないので。
ということで連休最終日、かねてから行きたかった森美術館開催中の「アイ・ウェイウェイ展」へ。
休日の森美術館は避けたかったんだけどねー。(展望台とセットにするのはよしてほしい)

それにしても日比谷線「六本木」駅は行きにくい。
直線距離はたいしたことないのに迂回して電車を乗り継がなきゃならないのが癪だ。
幸い天気もいいので南北線の「六本木一丁目」駅から歩くことにした。
初めて下りる駅だけどどうにかなるさ。
とりあえず地上に出てみると、待ち受けていたのが桜。
この時期に桜の開花を拝めるとは。狂い咲きか。それともそういう品種があるのか?



ほーっと見上げた視線を横に移すとそこにはスウェーデン王国のフラッグが。



もちろん吸い寄せられ近づくと目の前にスウェーデン大使館。



警備員の方から「12時半からお昼休みなので10分で出るように」注意されながら中に。
「スウェーデンの切手」が展示されてた。



なんだか幸先いいスタートだぞ。
これは“桜の季節にスウェーデンに行け”という啓示なのかもしれない。
iPodの曲をMANDOにして足取りも軽やか六本木ヒルズを目指す。
20分ほど歩いて迷わずヒルズ到着。
思った程の混雑もなく安心。

で、本題の「アイ・ウェイウェイ展」。
アイ・ウェイウェイは美術から建築・出版など多岐にわたり活躍している現代中国を代表する作家。
この展覧会では「基礎的な形体とボリューム」「構造とクラフトマンシップ」「伝統の継承と革新」の3部から構成されてる。

違った素材で作られた1立方メートルの正立方体のミニマムな配列。
パースペクティブをともなう整然性が美しい。
モノ派的な作品群なのに、ひとつの立方体の素材であるプーアール茶の匂いが生々しさを醸す。
そういう相反するものの対比が全ての作品に表象されている。
生と死、破壊と構築、直線と曲線、伝統と革新。



↑は円型の穴をくり抜いた箪笥大の直方体を等間隔に配列した作品。
穴をのぞくとそれぞれの円型の陰影が月の満ち欠けのようで美しい。



↑は2008年四川大地震に被害にあった小学生へのオマージュ。
学生鞄(バックパック)が幾重にも繋がり蛇のような形体をなしている。



↑は「暫定的な風景」と題された作品。
中国の土地は全て国有地だから、政府の意図でいきなり建造物が破壊され失くなり、また新しい建物が構築されていく。
その暫定的な風景を収めた写真が壁と床に隙間なく貼り埋め尽くされている。
急速に経済発展した中国ならではの風景。



↑は永久社(フォーエバー社)の自転車のパーツを組み合わせた作品。
かつての中国の象徴ともいえる自転車。
今では人々の足は自動車に移り変わり、社号のフォーエバーの響きがもはやむなしい。

と一部を紹介したけど、この展覧会の特筆すべきことは写真撮影とブログ掲載がアイ・ウェイウェイ氏本人の意向により許可されていること。
日本においてこれはすごく画期的なことでもある。
「コンテンポラリー・アートとは何らかの形ではなく、社会のおける哲学である」という氏の言葉のとおり確信的な行為。
作品からだけでなく企画のコンセプトからして氏の老獪さがうかがわれる。
政治的、社会的革命の渦中を生き抜いてきた反骨の作家のしぶとさを体感した展覧会だった。



メインの展覧会も観終えたことだし、帰りは南北線「麻布十番」駅まで歩くことに。
途中「赤い靴」のきみちゃんにご挨拶。


よく歩いた一日でした。

by twinklelittlebat | 2009-09-23 21:57 | exhibition | Trackback | Comments(2)

『マッピー』用ボーダー

Stitch by Stitch @ 東京都庭園美術館

大好きな東京都庭園美術館で開催中の『ステッチ・バイ・ステッチ 針と糸で描くわたし』展を観て来た。
チケット買う時「刺繍のある服を着て来た方はドレスコードで100円割引です」と言ってまけてくれた。



8人の作家による刺繍とモダンアートの融合。
細かい手仕事から広がる異空間。
アール・デコ様式である旧朝香宮邸のデコラティブと見事にマッチ。

手滴る血を連想させる赤い糸のインスタレーション、トルソーの体内に巣食う極彩色の造花やビーズは細胞の増殖をイメージさせ、美女の裸体を貫く針痕は自傷の痛みをともない、夜警のガードマンのミクロな運針はパラノイア的狂気だ。

針の跡から想起する時間と記憶の定着が滲む自意識の念と共に観る者を囚える。
ゾクっとするような冷ややかでグロテスクな美しさがなんだか悲しい。
想像を超えて人間の内面を抉り出した濃ゆい展覧会だった。
ふつうの手芸展と思って来たカルチャーおばさん達の度肝を抜いたに違いない。
私は大好きな世界だ。
9月27日(日)まで開催。
ちょっとでも興味を持った方はぜひ。稀に見る絶品企画です。
刺繍のある服を着て行くように。100円お得です。




観賞後、庭園を散策。
ベンチに座ってボーッと惚ける。
ナーバスな秋は嫌いだ。きらいだ。

by twinklelittlebat | 2009-09-05 23:09 | exhibition | Trackback | Comments(0)

『マッピー』用ボーダー

国宝 阿修羅展 @ 東京国立博物館

うん十年振りの再会、阿修羅さま。
噂によると大盛況故に1時間待ちは覚悟。
天気予報では1日中大雨の東京、こんな日に外出する人は少なかろう。
行くなら今日しかない。
ステンカラーのレインコートにマーチンの10ホールで武装して行って来ました阿修羅展

予定通り待つことなくスムースに入場、しかし国民的人気を誇る阿修羅さまを侮っちゃいけない。
会場内は大勢の人で賑わっている。
勝手にくっついてきた旦那とはすぐはぐれ、構わず自分のペースでゆっくり回ることにする。
八部衆像と十大弟子像は演出もなかなかで、暗い室内に等間隔で配置された像がぼぉーっと照明に浮かんでいる様は神秘的だ。
脱活乾漆造という塑像に麻布と漆を何度も重ねて造り上げていく手法は、木像とは違った滑らかな柔らかい表情を醸し出している。
阿修羅を含む八部衆像(阿修羅さまは別陳列)はみんな少年の面立ちで、鳥頭人身の迦楼羅(かるら)さんとか、頭に蛇をのせて肩から垂らしている沙羯羅(さから)さんとか、どれもユニークでいくら見てても飽きない。
そしていよいよ阿修羅さま。
言葉を絶する麗しさ。
興福寺の国宝館ではガラスケース越しでしか見れないけどここでは実体が、しかも部屋の中央に位置してあるから360度全ての角度から拝める。
同じ空間で見れる、これはすごーく重要。
左斜め前から見た姿が一番好きだけど後姿も絶品。
決して大きいとはいえない像なのにその存在感は圧倒だ。
3つの顔と6本の腕の開かれたベクトルに宇宙を感じる。
憂いのある表情も美しい。もう美しいという言葉しか思いつかない。
もう離れ難くてバターになっちゃうくらいぐるぐるぐるぐる何回もまわってやっとのことで求心力から逃れることができた。
八頭身の華奢な体で異形の美少年、日本のオタク文化のルーツを感じた。
また会いに行くわ。平日がいいわ。

家に帰って早速、萩尾望都のマンガ『百億の昼と千億の夜』(原作・光瀬龍)を引っぱり出して読みふける。
私が阿修羅に魅せられたのはこのマンガがきっかけ。
宇宙の真理を求め、戦うことを運命づけられた阿修羅王。
その細い体で果てなき戦いを挑み続ける孤高の戦士。
なぜ世界は存在するの?、人は何のために生まれてくるの?
このマンガを読むとちょっと哲学をしてしまうんだ。がらにもなく。

by twinklelittlebat | 2009-04-25 22:54 | exhibition | Trackback | Comments(2)

『マッピー』用ボーダー

隠れ家のような博物館

今日でGWも終わり、好天にも恵まれたことでお気に入りのスポットに足をのばすことにしました。
久々に行きたくなった東京大学総合研究博物館 小石川分館
道すがら隣接する小石川植物園を散策。
ここは白金の自然教育園と並び都会にいることを忘れてしまいそうなほど自然に触れあうことができる貴重な場所ですね。
天気のいいGW最終日ということもあり、親子連れなど多くの人で賑わってました。
(といっても某ネズミーランドほどではないけれど)
小山への土の道を沢山歩いたのですぐにへとへと。
コンバースにしてよかった。
で、心地よい汗をかきながらお目当ての東京大学総合研究博物館 小石川分館へ。
修復中のため趣きのある古い洋館の外観はテントで覆われていたけど一歩中に入るとそこは異空間。
人の気配も少なく落ち着いたノスタルジックな空間にやわらかい光が差し込んでいる。
大きな地球儀や望遠鏡、数々のはく製や動物標本、薬草標本、古生物・鉱物模型、工学模型・機器‥etcが美しく陳列され、どれもこれもその質感に合った古い什器に納められ、遠い昔の学校の理科準備室を思わせる。
説明的な大きな博物館とは違い、ビジュアルに重点を置いたアート的な空気を感じさせる展示。
分かりやすくいうと南方熊楠と長野まゆみの世界を足した感じかな。


























柱とか窓枠とか階段の手摺とかの調度もすべてがトータルにマッチしていてとても澄んだ空間なんです。
自分のとっておきな隠れ家的な場所なので、本当は大勢に知られて人がごったかえすようになるのはイヤなんだけど、このブログを呼んでくれる人たちには紹介したいなと思って。
ま、私のブログをみてる人なんてごくごく少数なので心配におよばないのですが。


その後なぜだかまた久々に電気ブランが飲みたくなったので浅草の神谷バーに。(今日は久々dayだ)
相変わらず人でごった返し相席は当たり前、相変わらずの食券制度で食べ物は学食並にまずい。
雰囲気なんてものはありゃしない。
なのになぜだか時折行きたくなる神谷バー。
不思議な場所です。


お土産に電気ブラン(オールド)を1本お持ち帰り。
アルコール40℃なり。
「一口飲んだらあの世いき」と歌ったのはあがた森魚、「酔いの早く発するのは、電気ブランの右に出るものはない」と書いたのは太宰治(人間失格)。
神谷バーで2杯(ちっちゃいグラスだけど)、帰宅後もマニックス聴いてブログを書きながらロックで飲んでますが全く平気なんですけど(汗)。
あがたも太宰もたいしたことないじゃん(笑)。


ということでGWを電気ブランで締めるという全くもって私らしい休日の終わりでした。
明日からまたがんばるぞ。(たぶん口だけ)

昨日観た映画『アイム・ノット・ゼア』の感想は後日書きます。

by twinklelittlebat | 2008-05-06 23:22 | exhibition | Trackback | Comments(2)

『マッピー』用ボーダー

『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』と『知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ展』

雨の降るGW、中学生の次男を連れて2つの展覧会に行ってきました。
まずは森美術館で開催されている『英国美術の現在史:ターナー賞の歩み展』

日本初上陸のデミアン・ハースト 《母と子、分断されて》が目当て。
といってもデミアン・ハースト好きというわけでもなく、来るのだったら見とこかな的な感じでして。要するに外出好きな暇人なんです。

デミアン・ハーストは私は具象の人だと思っているので、視覚的に分かりやすく説明的なゆえに第一印象はショッキング、そりゃ切断されたでっかい牛のホルマリン漬けが目の前に飛び込んでくるのですから。
ただコンセプチュアル・アートとして捉えるとしたら私には物足りなさを感じてしまうのです。(えらそ〜に)
潜在的な思考が強烈に伝わってこないため表現者からの一方通行、観る側とのコミュニケーションがとりにくい。
表面的にインパクトの強い作品はその先を(見えない部分を)第三者に委ねるのは難しいのかも。(単純に私の思考能力が足りないだけなのかもしれないけど)
まぁ、これは個人の勝手な感想ですので受け取る人によっては違った感想を持たれることでしょう。
自分はモノ派の作家等に影響を受けた部類なので、大御所への失言どーか許してください。
でも当時騒がれた話題の作品を拝見できたので満足です。

他には私がかつて美大生だった頃まだ現代美術後進国だった英国において突出してポピュラリティを得ていたギルバート&ジョージやビデオアートなど興味深い作品はあったのですが、展覧会自体に作品としてのコンセプトが薄弱なため全体的に散漫な印象でした。
ティルマンスなんて数年前に観た“ティルマンス展”で同じ作品を鑑賞しているけど全く印象が違いましたもの。
美術作品は回りの空間によっていくらでも違って見えるものですから。
陳列の問題も大きかったのでしょう。
英国現代美術の見本市といった趣きでした。


その後、次男の希望で六本木ヒルズ内の寿司屋でランチ。
カウンター席で「アワビください。あっワサビは少なめに」なんて具合に次々と注文する息子よ。
母はどれだけヒヤヒヤしたものか。
でもGW中どこに連れていってあげるわけでもなくこのくらい仕方ないか・・と腹をくくったのでした。
「うまかった〜」と君の満足げな言葉で充分お釣りがきたよ。(なんて見栄を張ってみたが今日の夕飯はチャーハンとスープのみ。とばっちりをくったのは留守番の長男)


で、腹も満たされたことだし次の目的地、恵比寿の東京都写真美術館
『知られざる鬼才 マリオ・ジャコメッリ展』へ。
↑に比べてこちらは小規模なのですが圧巻でした。
生と死のテーマ、白と黒の強烈なコントラストで二元論的なのですが、その両極の狭間に底知れない詩情が溢れている。
静の中に激しい情感がひしめいている。
エッチングのような作品もあり現像の段階で多分に手を加えているのだろうが、そうした技術的なものだけではあのような鮮烈な表現はできるものではない。
単に現場に赴きすぐにシャッターを切るのではなく、神学校にしろホスピスにしろ2年3年と通い、そこにいる人たちに溶け込み、感情・思いを共有したうえでレンズを覗くのである。
それでも一番重要なことは写真に撮れなかったそうだ。
だが、そんな彼の無念さも含めて、克明に写し出された老人のしみやしわに、白と黒とが織りなす色彩に、生まれた瞬間から死のゴールへとスタートしている人間の悲哀や情感が、その小さな矩形の世界に凝縮され訴えかけてくる。
そして見る者は思考する。
生きること、死ぬこと・・・なぜ私はこの世界に生まれてきたのだろう?


こちらの展覧会は5月6日(火)までです。
興味のある方はお早めに!

by twinklelittlebat | 2008-05-03 23:04 | exhibition | Trackback(1) | Comments(8)

『マッピー』用ボーダー

『POST切手』展

『POST切手』展に行って来ました。実をいうと初・東京ミッドタウン。想像通りのありきたりな都市空間。私には六本木ヒルズも表参道ヒルズもここもみんな一緒。
つまらなーい。

前にもblogで書きましたが、私は切手が好きです。
せっかく書いた手紙に普通の切手じゃつまらないので、切手は必ず郵便局で図柄を選んで買います。
外国の古切手も大好きです。あのちっちゃな四角(とも限らないけれど)にしっかりアートして片隅に消印が押されていてとても愛おしく思うのです。
郵政も民営化され切手のデザインも多様化されていくと思うとワクワクします。
なので期待を持って見に行きました。
が、どちらかというと切手であることよりもデザイン性の方に趣きをおいたグラフィック・アート展といった感じでした。
切手シートとしてデザインしているためか、一枚の切手としての面白みがあまり感じないのです。
切手というのは郵便物に貼られ消印を押されたところで完成系だと思っていますので、真っ黒い切手は消印が判別できないだろうし、主張が強すぎたり切り離されたら何だか分からないってのもいかがなものでしょう?
もちろん中には使ってみたいと思わせるものもいくつかありましたが、全体的に手紙に貼られた状態がイメージしにくいものばかりでありました。
(全部とはいいませんが)手紙というのはそれぞれの人の色々な想いがこめられた手作りのもの、もっと温かみを感じるものであってもいいのにな。

あっ、でも展覧会自体は無料なので行って損はないと思います(笑)


by twinklelittlebat | 2008-01-14 17:37 | exhibition | Trackback | Comments(4)

『マッピー』用ボーダー

『文学の触覚』展

昨日の予告通り恵比寿の東京都写真美術館に「文学の触覚」展を観てきました。

白いバレーボールくらいの大きさの玉を手に抱えて振ると、スクリーンに映し出された文字が動き出し大きさも変化していく平野啓一郎+中西泰人『記憶の告白』
白いテーブルに手をかざすとそこに短歌の断片が映る種村弘+石井陽子『情報を降らせるインターフェース』
まるで言葉のカケラをすくいとるかのような感覚です。
文から切り離された文字がひとつひとつ浮き立ち、視覚・触覚を通して新たなるイマジネーションを呼び起こします。
その他にも光の円の中に足を踏み入れるとその立ち位置によって物語に登場する動物たちの影が横切っていくなどちょっと幻想的な作品も。


中でも一番興味深かったのは舞城王太郎+dividual(遠藤拓己+ドミニクチェン+松山真也)『タイプトレース道』。展覧会期間中に小説家がリアルタイムでコンピュータに文章をタイプしていきます。そのプロセスとして大きなスクリーンにタイプされた様子が再生されます。タイプ音とともにゆっくりタイプされた字は大きく、速くタイプされた字は小さく映し出され、まるで小説家の息づかいを感じるようです。

う〜ん、言葉で説明するのが難しい。ということで↓


私が試しにタイピングしたものです。(遅い)
パソコンの画面を携帯のビデオで撮っているため見づらいと思いますが我慢ください。(手ぶれしているし) 
タイプ・ミスしている様もそのままです。


このタイプ・トレースのソフトですがこちらのdividualのHPでDLできます。ぜひ遊んでみてください。(Mac OS Xのみ対応です)

そんなこんなで、小規模ながらけっこう満喫できた展覧会でした。
活字って美しいのだな・・・と改めて思いました。
私はデジタル的なものアナログ的なもの両方が好きです。
その二つを融合させることによって表現の幅が広がるというのは、発信する側も受け取る側も世界観が広がることに繋がると思います。
文章を読むということは自分がどう感じるかであって余計な要素はいらないと思う人もいるでしょう。尤もだと思います。
でも、たまには自分だけでは想像もつかなかった世界を体感できることって素敵だと思いませんか?

by twinklelittlebat | 2008-01-06 23:08 | exhibition | Trackback | Comments(6)

『マッピー』用ボーダー